
あの日、久しぶりにバイトが休みだった俺は、急に買ったばかりの一眼レフを試したくなって町へ飛び出した。
町中の風景や通りすがりの人たちをあれこれと撮り回るうちに、俺の足はいつしか町外れの廃材置き場に向かっていた。
廃材置き場といっても、以前ここを使っていた工場はとうの昔につぶれてしまい、今では誰も来ない荒れ地になっている。
カメラを構え、ファインダーを覗きながら適当な被写体を探していると、廃材の影で誰かが倒れているのが見えた。
慌てて駆け寄ってみると、それは一体のメイドロイド……。
全身は泥にまみれ、服は元のデザインがわからないほどボロボロになっている。
しかし汚れているとは言え、その陶器のような白い肌、美しいブロンドの髪の輝きは褪せてはいなかった。
しばらく呆然と見つめていた俺は、はっと我に返り思案を巡らせる。
最近、町でたまに見かけるようになったとはいえ、庶民にとってはまだまだ高嶺の花のメイドロイド。
それを、こんな廃材置き場にポンと捨ててゆくのは、どんなお大尽なんだ?
かなり前からここに捨てられていたらしく、動く様子もない。
「たしか、この手のメイドロイドは首の後ろに起動スイッチがあったような……」
首の後ろのカバーを開けると、小さな丸いボタンが現れた。
ボタン中心に付いた起動マークが仄かに光を放っている、電源は死んでいない。
これなら、たぶん再起動するはずだ。俺はボタンを強く押し込んだ。
しばらくの間をおいて、小さな音を立てて燃料電池の装置が動き始める。
四肢の関節モーターが回転を始め可動チェックが始まった。
やがて、そのメイドロイドは、瞳をゆっくりと開いた。
『システム、オールクリア。TYPE-SAKUYA A9 起動します……』
「う、動いた! おい君!?」
「……おはようございます。……あなたはどちら様で? ……ここは……、一体何処なのでしょうか?」
「町外れの廃材置き場さ。どうやら君は、ここに長い間倒れていたみたいだけど……。何か覚えてないのかい?」
「……すみません。システムが完全に復旧していないらしく、該当メモリーにアクセスできません。……もしかして、私はここに捨てられていたのでしょうか?」
「……何かのトラブルで倒れたなら、エマージェンシーコールでマスターに伝わるはずだし、内蔵GPSでこの場所もわかるはずだしなぁ……」
「そうなのですが……」
「まぁ、そのあたりはゆっくり思い出すとして、その格好じゃ何だから、とりあえず俺の部屋で汚れを落としていかないか?」
「汚れ……? きゃっ、ユーミアとしたことが、このような姿とは……恥ずかしい……。すみません。お言葉に甘えて、お邪魔させていただきます……」
「君の名前は、ユーミアっていうの?」
「あ、はい、申し遅れました。ユーミアは綾小路重工製汎用メイドロイド“TYPE-SAKUYA A9”、個体識別名はユーミアです」
こうして、メイドロイド・ユーミアは俺の部屋へとやってくることになった。
雨ざらしで放っておかれたため、ユーミアには所々不調のパーツがあるようだったが、最新型の自己修復システムが機能を取り戻したらしく、しばらくするとユーミアは新品同様の姿に再生していた。
もっとも、服だけは俺がなけなしの貯金をはたいて、専用メイド服一式を買いそろえねばならなかったが……。
しかし、いつまで経ってもユーミアの記憶だけは戻ることがなかった。
「……マスター、実はお願いがあるのですが……」
「へ? 俺のことマスターって言った?」
「で、でも……。俺、こ、こんなアパートで一人暮らしだし……」
信じられないが……、庶民には高嶺の花のメイドロイドが、このボロアパートに住み込んで、面倒を見てくれるという奇跡が目の前にあった。
「マスター、ご迷惑でなければ、お願いします」
「こ、こちらこそお願いしますっ!」
その日から、俺と彼女の生活が始まった。
ユーミアは、俺の好みや行動パターンを学習し、精一杯尽くしてくれる。
これが最高級メイドロイドとしての基本性能だとわかっていても、時々彼女が俺に本当に好意を寄せてくれているのではないか、と思ってしまうほどだった。
彼女の記憶は記憶装置に異常があるためか、何度メモリーの自己修復を行っても戻る兆候は見られない。
いつしか、俺はユーミアの記憶が、このまま永遠に戻らなければいいと思うようになっていった。
「ねぇマスター。さっきから何をご覧になってるんですか?」
「あぁ、メイドロイドの最新カタログだよ。何かユーミアの手がかりがないかなって思ってね……」
綾小路重工が発売したメイドロイドのフラグシップモデル“TYPE-SAKUYA”シリーズは、人間と見紛うほど外見や感情AIの完成度が高く、絶大な人気を誇っている。
もちろん最新鋭の科学技術が投入されたそれは、お値段も目ん玉が飛び出るほどで、手に入れられるのは限られた階層の人間だけ。
それだけに、ユーミアのグレードがわかれば、そこから持ち主の手がかりだけでもわかるんじゃないかと思ったのだ。
「ユーミアの型式番号は“A9”だったよね」
「はい、システムプログラムにも“A9”と記録されています」
「うーん……。だけどさ、“TYPE-SAKUYA”シリーズは先月見本品が発表された発売前の“A6”が最新型で、“A9”て型式番号は見あたらないんだよね」
「と、言いますと?」
「……存在していないって言うか、あっても公表されていないって言うか……。そもそも途中の“A7”と“A8”はどこ行ったんだって言うか……」
「では……、ユーミアは存在しないモノだということでしょうか?」
「あ、いや。そんなことないさ! だって、ユーミアは現実に目の前にいるし、こんな俺でよければ、ずっと側にいてほしいって思ってるよ」
「本当ですか? マスター! うれしい……。ユーミアにとって、そのお言葉ほど嬉しいことはありません」
「はは、そんなに喜んでもらえるとは……」
「これからは、一生マスターに全力でお仕えしますねっ!」
それからユーミアは、まるで失った記憶の穴を俺との記憶で埋め尽くそうとするかのように、より深く俺に尽くしてくれるようになった。
時には亡くなった母親のように、そして時には愛し合う恋人のように……。
しかし俺は、そのユーミアの献身的な態度を高度なAIの賜物だと思うようになり、いつしか当たり前のこと思うようになっていった。
「マスター、今日はバイトが終わられたら、すぐにお帰りになりますよね?」
「ごめん、ユーミア。今日は、帰りにバイトの仲間と寄るところがあるから……」
「では、今夜も遅くなられるのですか? 最近いつも遅いですけど、もしかして今日もバイトで知り合ったあの方とお約束ですか?」
「ち、違うよ! それにあの方って、だ、誰だよ。ユーミアは、メイドロイドなんだから、そんなこと気にしなくていいんだよ!」
「はあ……、マスターがそうおっしゃるなら」
「……と、とにかく行ってくるから」
「あ、マ、マスター。ちょ、ちょっ……!」
慌てて靴を履くと、後ろ手で玄関のドアを閉めかけると、背後から電気のスパーク音が聞こえた。
『……マスター……外ハキケンデ……』
今まで聞いたこともない、ノイズ混じりで機械的なユーミアの声に、思わず振り向いた。しかし、ドアは目の前でバタンと閉じられ、もうユーミアの姿は見えなかった。
「今度の休みくらいは、少しユーミアを構ってやろうかな……」
俺はきびすを返すと、バイトに遅れないように、小走りでアパートを後にした。